They got the name"UP-BEAT"from the words of Ramones,
When they were deciding the name for their Band,
Someone bought that's record for them and they found the name from it.
If it wasn't that's record. The band"UP-BEAT"will never exist.


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初めてUP-BEATにスタジオで会ってレコーディング始めた時に、いろんなロックバンドがいたわけですけども圧倒的に他と違うなってのは思いましたね。
それは垢抜けてるっていうか、まあ九州のバンドですけれどね、垢抜けてるって感じもしたし、いわゆるまだロックって言うものがもっと暗いものだったと思うんですけど、UP-BEATは明るかった。
本人達も一人ひとりと個人的に話し始めるとすごく人間性が出て九州くさくなるんですけど、バンドとしてひとつになるとやっぱり明るかったっていうイメージがすごくありますね。
IMAGEを改めて聴いてみて、すごく音楽的にいうと強引だったですよね。
転調とかも本人達転調だと気づいてなかったと思うし、そのくらい強引だったところが今聴くとすごく新鮮で…。
やっぱUP-BEATっていうバンド自体が出てきたときから新鮮だったんだなと思いましたね。
付き合いはBIG THRILLのライブビデオから復活したんですけど、で、PLEASURE PLEASUREプロデュースって事になって…。
それまでのUP-BEATの活動っていうか活躍も見てたし聞いてたし、それで僕が何をやれば良いんだろってすごく考えたんですけどね。
実際バンドはやっぱりすごく成長してたのは当たり前ですけど、デビュー作の時はギターのダビングなんて言ったらもうシゴキに近かったですからね。
弾けなかったら腕立て伏せやってこいみたいな感じがあったんですけど、もうこのときは弾きたいことが自分の中で決まってるから、こういうのがいいんじゃないかみたいなことじゃなくて、彼等がやりたいことをどういう風にまとめるのかっていうのが僕らの仕事になってましたね。
UP-BEATの音楽ってのがもうできてて、それをまとめるのが僕達の役割だったっていう感じでしたね。
PLEASURE PLEASUREは特に実験作というか、問題作だったと思うんですよね。
いきなりポップにしたし、特に僕はカラフルにしたかったんですよね、UP-BEATを。
モノクロのカッコ良さもあるけど、もっと色を付けたかったっていうのがあって、それはすごく成功したような気がしたんですよね。
PLEASURE PLEASUREは今もすごく好きで、良く聴きますし、自分でも代表作だと思ってます。
いろんな実験的なことをやったし、プロセス的にも、音楽的にも…。
それをもっといろんな人に聴いてもらった感想を聞きたかったかな。
で、そのPLEASURE PLEASUREをやった後に作ったNAKEDっていうのは、すごくその反動って感じがしましたね。
ロックアルバムとしてのNAKEDはかなり完成されててパワーも高いと思うし、これを超えるようなアルバムは出来んのかなっていうくらいパワーはありましたよね。
それがだからファンの人達に対してどういう風に思われてるのか僕はまだわかってないんですけど。
その結果が出るくらいまでもう何枚かやりたかったなって言うのは今思いますね。
PLEASURE PLEASUREがすごくカラフルになった分、NAKEDは色の感じはすごく変わったと思うんですよね。
質感もザラザラしてるし…。
その反動っていう意味で、一番ロックしてるような気がします。
UP-BEATデビューから付き合ってきて、最後を締めくくる役割もさしてもらえるのはすごく光栄だと思ってます。
UP-BEATのロックって言うのが、日本のロックの歴史とか、なんかそういう本が出たときに、必ず1ページをとれると思うし。
でもUP-BEATのメンバーにとってはこれで終わったわけじゃないからね。
一人ひとりがまた新しいことをやって、次のページを書いていければいいと思います。
そん時にまた一緒にやろうなって思います。

(Mixcer,Producer/井上 剛)

音楽性自体は1枚ごとに結構変わっていった時期だと思うし、その間にメンバーチェンジとか丁度ありましたよね、やめてったり…。
すごく前向きでしたね、その頃。
その頃っていうかそのあともきっともちろんそうだったのかも知れないけど。
まあもちろんまだ若かったし…。
で、なんか自分達の音楽を作るぞ見たいな感じの、その試行錯誤をしながら、どんどん前向きに突き進んで行くみたいな時期だった感じですね。
まあそれが故にその実際の作業過程ではもちろんすごいみんな苦労したりたいへんでしたけどね。
そうですね、簡単に一言で言っちゃうと僕の印象では嶋田はとにかく生真面目なヤツ。
凡は真面目なんだけどちょっと斜に構えてる部分があるかなっていう感じ。
で広石はそれを表に出さないように演技してるみたいな感じですね。
例えて言えばINNNER OCEANはなんか門出みたいな感じですかね、UP-BEATの。
で、HERMIT COMPLEXでその初期UP-BEATのある種完成形に近づいてて…。
んでUNDER THE SUNでまた転換期に入っていったなっていう感じしますね。
お疲れさまでした。
これからもみんな頑張って下さい。

(Producer/佐久間 正英)

UP-BEATのみなさんごきげんいかがですか。
久しくあってないですけど、どうしてますか。
家近いんですけど困った時しか来ないからあんた広石は、ほんとなんて奴だと思ってるんですけど。
このたびあの、メデタク解散するということで、非常におめでとうございます。
まあ、最後は始まりという事なんで、また各々いろいろやってけるんじゃないかと思いますが。
とりあえず広石はなんか、ソロやるみたいだし、凡とか嶋ちゃんもなんかいろいろユニットやバンドをやっていくといいんじゃないかなと思ってますけど。
特に今の残ったUP-BEATの3人は非常に個性が一人ひとりありますから。
いろいろ、あちこちでリーダーシップをとってできるんじゃないかと思っておりますけど。
私はですね、デビューの時にちょっと関わり、それと丁度メンバーが2人抜けたWeeds&Flowersから3枚ほどお付き合いしたんですけど。
特に私はですね、トータルで見ても、Weeds&Flowersっていうアルバムは非常に印象に残っていて、まあ2人抜けたという事もあって、3人が起死回生のなんか、エネルギー振り絞ってやったっていう感じが、今聞いてもビシビシ伝わって来る感じがあって、この間もベストアルバムを送ってもらって聴いたんですけど、やっぱWeeds&Flowersのときの曲は非常にグイグイ来るなという感じがしてて、自分ながらやったものとしては満足してるという感じですけど。
まああの、広石はマニアックで暗いですからね、性格がね。
だからそこをいかすといいと思うんですけどね。
妙に明るくしないように。
今後も、…アンダーグラウンドって名前つけてやってたくらいだから、暗いイメージでやってくといいんじゃないですかね。
それと、まあ凡のギターはなかなかなんかすごく、どこに飛んでくかわかんないような感じで僕も、特にWeeds&Flowers以降なんかとてもスキでね、ほんとに面白いギターだと思ってたんですけど。
これで晴れていろんなところで自由に、事務所のメンツを考えずにできるんじゃないかと思いますけど。
嶋ちゃんもあんまりクリックなんか関係なしに思いっきりやった時ってすごいかっこいいから、そのまま自流でがんばって欲しいと思いますけど。
まあ取り合えす解散らしいですけど、今後もがんばって欲しいなと思ってますけど。
たまには会って、飲んだりとか、話をしましょう。

(Producer/ホッピー神山)

僕はですね、UP-BEAT、大好きでした。
いろんな雑誌とかいろんな場所でUP-BEAT、大好きです大好きですって言って、で俺がバンドやってた時、広石さんなんかと対談もさせてもらったり、自分の今度出るアルバムでコーラスとって貰ったり。
まああとコンサートもよく足を運んでて、ほんとにUP-BEAT好きでした。
全部アルバム持ってます。
で、俺もミュージシャンだから何かあるときにこの音好きなんだよっていつも持ってくやつがUP-BEATのUNDER THE SUNで。
ほんとにねえ、なんかこう、これだけ好きだったらなんか解散しちゃってなんか、あーどうしようって感じなんですほんとに。
なんかせっかく同じレコード会社になれたとかいろいろあってこれからもどんどん一緒にやっていきたかったんだけど…。
まあとりあえず解散という事なんで。
ほんと残念です。
でもずっとファンです。
UP-BEAT、永遠に不滅です。

(ken (ex.ZI:KILL))

UP-BEAT、お疲れさまでしたと言うことで、コメントなんかをさせて頂いてるんですけれども。
UP-BEATはですね、すごく僕はデビューの時から印象深いと言うか、覚えてまして、丁度僕が高校卒業して、これからはプロを目指してバンド一筋だぜっていうころに丁度デビューして、12インチシングルがあって、ファーストアルバムがあって。
みんなそん時の音楽の仲間と聴いてたりとかしてたのを良く覚えてるんで、非常になんか一ファンとしてすごく残念だなーと思いますけれども。
たくさんの、バンドを愛してくれたファンのみなさんからのメッセージがメンバーの方々にも行ってると思います。
きちんと解散理由とかも発表してますけれども、やっぱりね、バンドを愛してた人達っていうのはやっぱりそういうのだとわからないと思うんですよね。
ですからこれは僕も一ファンとしてのお願いなんですけれども、早く新しいミュージシャンとしてのキャリアをね踏み出して、その音で納得させて欲しいな、なんてすごくえらそうですけどそういう風に言うと。
それがやっぱり一番なんじゃないかなと思います。
UP-BEATというグループが解散というのは非常に残念なことですけども、それぞれの、メンバーのみなさんが新しいミュージシャンとしてのキャリアを始めるというところで、すごく期待してますんで。
これからも頑張って下さい。
ほんとにお疲れさまでした。
これからも、帰ってきてくれるのを待ってます。

(kyo (ex.DIE IN CRIES))

今回はなんか、UP-BEATが解散ということで、ほんとに残念だなと思う反面、メンバーの方々の、なんていうのかな、にこっとした笑顔が見えてしまうんですね。
それはやっぱりあの、ほんとにこれがなんていうのかな、いい方向の解散だと信じてますので。
ほんとにみなさんがもしばらばらになられましても、素晴らしい活動を続けてくことを祈ってます。
絶対そうなると思ってます。
そして、ほんとにセッションとか、色々な形でお世話になったことをここに感謝いたします。
これからも、3人ばらばらになっても頑張って下さい。

(廣瀬洋一 (THE YELLOW MONKEY))

UP-BEATも解散ってことで、話聞いた時にはびっくりしたんだけども。
10代の頃からやってるんだから、10年以上やってるって事でね。
だいたいああいうのはねえ、冗談ぽく言っちゃうけど10代の頃からそういうバンドとかやってると学校みたいなもんでね。
これから卒業して、社会人になるっていう感じなのかな。
俺みたいにこう、年老いた少年から言わしてもらうとね、まあこれからだよ君、まだ青いよ。
まあそういうことでね、これからまたほら、解散しても一緒にやるかもしれないよねきっと。
気が向いたらやればいいしさ。
まあそういうのは離婚とかそういうのと一緒で、手続き上の問題だからさあ。
あんまり気にしないでこれからあの、明日に向って、新しい時代を築こうではないか。
ということでじゃあ最後に一言、凡と広石と嶋田にささげよう。
君の瞳に乾杯。

(DIAMOND☆YUKAI)

何かが終わり、何かが始まる時代だと、漠然と思っていた。
前作「NAKED」の中盤に位置していた「太陽へ向う道」という組曲のようなナンバーを耳にしたとき、僕はこのバンドの中にその身を焼き尽くすかのような非情なエネルギーを感じたのだが、その予感が当ってしまったと言わざるを得ない。
正確に言うならば、そのスピードは予想を遙に越えていた。
UP-BEATが解散する。
あの駆け抜けていた足音が消えてしまう。
しかし、これはきっと何かの始まりなのだろう。
僕は、今までと同じように、その始まりの物語を見つめていようと思う。

(オフィス クレッシェンド/神 康幸)

UP-BEAT解散の報を最初に聞いたときの心情は、相当に複雑だった。
私が彼等と仕事し始めたのは5人UP-BEATの末期だったのだけど、デビュー当時の悲劇や2人脱退の顛末、「ブリティッシュ・ロックを極めるぞ!」路線から「米国進出する英国人ロッカー」への方向転換など、まさに「嵐」の渦中に居た彼らとずっと一緒だったような気がする。
それだけに、今回の解散も「不思議ではない」と思える私も居るのだ。
しかし洋楽の優秀な聴き手が、この日本で自分の憧憬を対象化するためにひたすら驀進した一つの証拠として、UP-BEATは長く語り継がれていくべきである。

(音楽と人/市川 哲史)

記念すべきデビュー10周年を目前に控えたUP-BEATが、よもやの“解散”を発表するとは予測もしていなかった。
まぁ、正直言って広石武彦氏の頭には、この“解散”という2文字がチラついたことは、過去幾度となくあったと思うが、バンドという運命共同体願望がそれを許さなかったんだろうな。
そのために“凝縮されたパワー”をメンバーとのバランスを取りながら求め、そして戦い続けてきたのは、作品そのものやインタビューを通じてわかりすぎるほどわかっていたし、UP-BEATのストイックな姿勢は、その戦いから生み出されたと言っても過言ではないよね。
解散の理由と言うのが正直言ってよくわからないのだけれども、おそらくメンバーの視点が拡散し、運命共同体願望が希薄になったせいじゃないだろうか。
やっぱり、人間それぞれ考え方や生き方が違うんだからしょうがないよね。
UP-BEATというバンドは消滅するけど、UP-BEATの作品はいつでも聴けるからと納得するしかない。
とりあえず、これまで素晴らしい作品を僕らに届けてくれてありがとう、と言いたいと思います。
メンバー個々の今後の活躍を期待しています。

(音楽ライター:ジョイフルタウン/棚橋 和博)

彼等とはデビューした時からの付き合いで、逆にいろいろと学ばせてもらいました。
初の武道館ではうれしくて涙が止まんなかったなぁ。
解散後も、それぞれの道でがんばってくれると思っています。
「Dried Flower」は名作です。
UP-BEATに感謝。
そして、これからもよろしく。

(B-PASS/緒方 庶史)

私が新入社員の頃、一番ハガキが集まっていたのがUP-BEAT(当時アマチュア)のやっている番組だった。
その制作をしていた川本とも「時代よりも少し彼等が早すぎたのか?」と先日も話したものです。
でも、UP-BEATに影響を受け、今育ちゆくバンドもいるように、確実に日本のROCKに足跡を残したUP-BEATは、これからも、個になっても活躍して欲しいと思う。
何よりも熱い眼差しで見守っている福岡のファンの為にも、いい歌を、心地良いBEATを届けてください。

(FM福岡/金子 富美)

続けて欲しかった。
正直それが本音なのだけれど、彼等が決めた結論が覆ることはないだろう。
思えばUP-BEATは不器用なバンドだった。
良くも悪くも妥協を知らないヤツらだし、純粋すぎるほど純粋なのだから。
それが解散の理由だ、なんて事は言えないが、解散の知らせを聞いてそんな彼らの性格を思い出した。
何だかんだと結構長い付き合いになっていた私としては、悲しい、寂しい、など様々な気持ちが渦巻くが、バンドの潔さを 見習って一言だけ言おう。
「ワクワクさせてもらったぜ!ありがとう!」

(音楽ライター/則末 敦子)

ボ・ガンボス、ザ・ブルーハーツ、UP-BEAT。
僕が最も好きだったBANDが次々と解散してしまう。
特に、この数年紆余曲折を繰り返しながらBANDというスタイルに拘ったUP-BEATの分解は残念だ。
歌、言葉、メロディ、サウンド、どれをとっても常に挑戦を惜しまず、新たなる地平を目指していたUP-BEAT。
彼らの前途にはまだまだ新たなるフィールドが待っている。
3人の次なるアクションを、心から期待している。

(音楽ライター/下村 誠)

“デビュー10周年に向けての3年計画”を聞いたのは、確か93年の暮れ頃だったと思う。
「10周年記念の構想はね、もう俺ん中でバッチリ出来上がってるんだ。」広石君はそう言って、嬉しそうに笑っていた。
…なのに、その時を目前に解散だなんて! UP-BEATは私にとって、仕事抜きでのめり込める貴重なバンドだった。
だから本音を言えば、非常に淋しい。
けれど、これは終わりじゃなく新たな門出なんだ、と自分に言い聞かせて、これからも彼らを追い続けようと今改めて思っている。
愛すべき3人それぞれの“GLORY DAYS”を信じて。
…そう、サヨナラなんて、死んでも言ってあげないよ。

(音楽ライター/赤木 まみ)

古い話ですが、デビュー前にUP-BEATが歌っていたザ・モンキーズの「デイ・ドリーム・ビリーバー」。
私が中学生の頃大好きだったこの曲を、広石君はおかあさんから教わったと聞き、私は自分がオトナであることを自覚したのでした。
あれから10年、いろんなことがあって、みんなすっかりオトナです。
だから一人でも大丈夫。
解散という言葉は重たいけれど、新しく何かが始まるきっかけでもあるはず。
これからもよろしく。

(音楽ライター/今井 智子)

UP-BEATというと、世間一般的にはルックスの良い、こぎれいなロックバンドというイメージが強いと思うけど、僕から見た彼らは非常にワイルドな感性を持っているR&Rバンドそのものでした。
広石君には、僕がロック番組のDJをやめる頃に「Rickにネクタイは似合わないよ。
今のRickには俺みたいな奴が必要なんだから、仙台で番組やるときにディレクターやってくれ。」と、酒飲みながら語られ、結局実現してないけど、今後どういう形になってもロックを続けてるかぎりは必ず一緒に仕事をする事があると思うので、その時はよろしく。
凡ちゃんも嶋田君もまた飲もうね。
IT'S ONLY R&R

(インパクツ/佐々木“Rick”浩史)

アッという間に月日が流れてしまったような気もするし、やっぱり長い年月のようにも思えてしまう、この10年間。
UP-BEATにとっては、一体どのように感じられる10年だったのでしょう。
彼らが決めたこの10年間の道が、これからそれぞれどんな月日に続いていくのか楽しみです。
デビュー時に20歳そこそこだったメンバーも30's。
でも相変わらず、一生懸命に、真面目に音楽と向かい合っている彼らの将来を私自身ちゃんと見つめていたい。
だけど、多分8/30渋谷公会堂では、泣いてしまうかもしれないな… なんて、やっぱり感傷的になってしまうUP-BEATの解散です。

(音楽ライター/松浦 靖恵)

ぼくはあるバンドのライナー・ノートを書いたのだが、彼は以前、ぼくが書いた解説を読んで、いつかデビューしたらライナー・ノートを頼もうと思っていたそうだ。
それがUP-BEATのサード・アルバム「HERMIT COMPLEX」だった。
それから7年目の年に彼等はその活動の終止符を打つ。
円環のような物を感じる。
いずれにしろUP-BEATのメンバーたちのビート・オデッセイは続く。
再び路上で会おう!

(音楽ライター/市川 清師)

あれこれ手を広げるより自分達の足元を深く掘り下げていったUP-BEAT。
特にメンバーが3人になった、90年代に入ってからの活動はその深化のスピードを速めていったように思う。
結果、解散という事になったわけだが、目指すものに対して追求の手を緩めないという姿勢さえあれば、またどこかで彼らの名前や顔を目にすることもあるだろう。
この3人の頑固さは人並み以上だから。

(音楽ライター/岡本 明)

サンハウス、ルースターズ、ロッカーズ、モッズ、そしてシーナ&ザ・ロケッツ。
九州にはホンマにカッコええバンドがぎょうさんおる! あのバブリーなバンドブームの時代をも「音」に対する執拗なまでのコダワリとオリジナリティーで勝負してきたUP-BEATはグレートやった。
「解散」という言葉はUP-BEATには似合わない!

(KISS CORPORATION/富田 雅夫)

ある晴れた日、“僕にとってのメイン・ストリート”は、ちっぽけなものに思えた。
とある深夜に大音量で聴いた歌は、それを大きなものに変えていってくれた。
季節と場面いくつもの…風景を描き、映画よりも写真よりもリアルに蘇らせてくれる音楽が、今も傍らにいる。
勇気と激しさのBlind Age, Long Away, 明日へ…。
失恋のRainy Valentine…そしてOnce Again。
僕のメインストリートに刻まれたUP-BEATの“歌”はそうたやすく消えはしない。

(Vicious/土居 秀人)

岩永さんのネバリごしのレスポール・サウンドがカッコ良すぎた。
いつまでもMr.GOLD TOPであり続けて欲しいです。
またあの音を聴ける日を楽しみにしています。

(GiGs/関 真理子)

お気づきの方は少ないと思いますが、ずっとPATI-PATIの読者ページで連載してた豆マンガ「UP-BEATが行く」も終わらねばなりませぬ。
あのマンガを書いててくれてた、ちろりん女史とメンバーを会わせてあげられなかったのが心残りです。
UP-BEATのメンバーと私は同じ年ですが音楽界では大先輩。
彼等がいたから現在の私があるのであります。
そのご恩返しの意味で、“私がPATI-PATIの編集長になったらUP-BEATを表紙にするから待っててね”と約束したんですが、間に合わなかったなぁ。
40代のUP-BEAT、見たかったです。

(PATI-PATI/黒木 ミドリ)

デビュー当時のパブリック・イメージは、かなりツヤつけた感じのものだった。
しかし、本来の彼らはもっとラフで無邪気な“ロック好き野郎たち”であり、そこが次第に作品として現れていったのを喜ばしく思ったものだ。
以前、ツアーの取材で彼等の地元・福岡へ同行した際、メンバーなじみの長浜の屋台で一緒に飲んだことがある。
幾多の試練を乗り越えていく中で、あの時の屋台で見せていた豪快なまでの快活さを忘れずにがんばって欲しいと思う。

(ワッツイン/水津 信也)

何か気の利いたはなむけの言葉を、と思ったのですが、万感胸中に渦巻くばかりで一向にまとまりませぬ故、ここは「今後も3人それぞれに逆風に屈せず順風に驕らぬ堂々たる航海を続けてくれることを信じています」とだけ。

(GB/田中 菜穂)

自分で歴代何代目の編集担当なのかわからなくなってるほど、UP-BEATには多くの人間が関わり、創刊以来何度も表紙・巻頭を飾ってもらっていたこともあり、“UP-BEAT解散”のニュースには、やはり編集部内でも大きな波紋を呼んだ。
しかし、バンドがなくなってもメンバーの“ロックンロール”を愛する気持ちは変わらないと信じて、今後の活躍に期待しましょう。
その時は取材の方もよろしく。

(パチパチ ロックンロール/清水 美保)

ただでさえブルーハーツやソフトバレエの解散で慌てふためいてんのに、お前らもかぁ!と妙に腹立つ今日この頃である。
おまけに語る言葉なし、とばかりにインタビューまで無いというではないか。
もう勝手にやってくれ、とツバを吐いた瞬間に気づいた。
そうだ、UP-BEATはいつも勝手にやってたんだ。
勝手に、ロックの中に潜むハッタリをかまして強引にリアル・ワールドを作り上げていたんだ。
この人達、解散なんて言葉似合わねぇのわかってっから勝手に消えていくんだ。
あぁ、なんて清々しい終末の香り。
P.S.広石氏へ 次は5月のモナコでシャンパンを浴びながら唄うあなたの姿を見てみたい。

(rockin on JAPAN/鹿野 淳)

アマチュア時代のLIVEを学生の頃偶然に街で見かけ、“UP-BEAT”としてデビュー直後の福岡ツアーLIVEは、あこがれの先輩との初デートの場所でもありました。
3rdアルバムの告知用ポスターは、当時バイトをしていたレコード店でPOP貼りをし、しばらくたってDJの仕事に就くとON AIRの1曲目は“WALL SONG”。
はじめてインタビューさせて頂いた時はメンバーが3人になっていて、番組初のイベントには、ゲストとして来て頂きました。
“UP-BEAT”として最後のアルバムが出る今、それらをこうして思い出しています。
個人的な出来事とあわせて恐縮ですが、たくさんの“初めて”の時、UP-BEATの音がいつもそこにありました。
次はどこでシンクロできるんでしょうか?
これからも“初めて”の気持ちを感じる時、ドキドキして待ってますね。

(DJ/相越 久枝)

UP-BEAT解散。
思えばアイドル・バンドとしてデビューして以来、常に誤解と挑戦と再生の狭間で戦ってきたバンドだった。
前作「NAKED」で見せてくれた強烈なまでに削ぎ落とされた音世界。
あれがUP-BEATとしてのひとつの答えだったのかもしれない。
これからはメンバーそれぞれソロ、または新たなバンドとして活動するらしい。
今はただ、それぞれがUP-BEATを乗り越え、次に何を見せてくれるのかに期待したい。

(R&R NEWSMAKER/田中 学)

僕が学生時代、故郷の北九州に帰ると、酔っぱらったあと友達といつも立ち寄るコンビニがあった。
そして、そのレジでバイトをしていたのが広石だった。
当時、僕が後にこんな仕事についてあのバイトの兄ちゃんと再び出会うなんて思いもしなかった。
あれからずいぶん月日も流れたけれど、僕はずっと、彼等の音楽に対するこだわりが大好きだった。
そのこだわりの結果がこういう形だとしたら、僕はそれを潔く受け入れようと思っている。

(CDでーた/川邊 頼昭)

5人のUP-BEATも、3人のUP-BEATも好きでした。
これから、一人ずつがどう転んでいくのかは想像もつきませんが、UP-BEATをぶち壊して、UP-BEATを忘れさせてくれるくらいの新しい何かを見せてくれることに期待します。
Rockをどうもありがとう。

(ぴあ/野口 勉)

商業ベースの音楽に媚びることなく、真っ直ぐRockしてきたUP-BEAT。
メンバー1人1人が10年間積み重ねたRock Spilitsを失うことなく、更に突き進み、我々に新しいトキメキを与えて欲しい。

(NACK5/山村 太郎)

広石君と初めて出会ったのは「HERMIT COMPLEX」がリリースされた頃。
それからアナブースの中と外でトークバックを使いながら語りあってきました。
考えてみたら音楽の話しかしていなかったような気がします。
UP-BEATが解散するのは非常に残念ですが、あそこまで音楽が好きな広石君のことだから、すぐに新しいサウンドを僕達に届けてくれると思います。
その時はまた君の好きな音楽番組を一緒に作りましょう。

(ソリッドプランナーズ/末延 仁人)

広石さんの音楽の吸収力にはいつも驚かされた。
番組を通してのお付き合いは3年足らずではあるが、いつも貪欲に音楽と接していたように思う。
特に洋楽の新譜を中心に選曲していた中で、的確な評論をする一方でUP-BEATのサウンドを同時に模索している姿が印象的でした。
今後もこのスタンスは変わらないし、UP-BEATも彼の歴史の1ページに刻まれながら、形を変えてまた蘇って欲しいと思います。
本当にお疲れさまでした!

(FRP/木多 茂夫)

UP-BEATとの出遭いは87年頃だったかナァ。
私にとってこの人種は初体験だったので、戸惑いがあったのは事実だった。
しかしハマッタ!大好きな曲も増え、何よりも彼等の人柄に惹かれた。
特に3人になってからは顔を合わすことが多く、事務所を変わったりと大変なこともあったが、確実に成長し、良いバンドになっていった。
しかし残念である。
でも終了は次のステージへのスタートであり、今後の3人の活躍にエールを送りたい。
そしてThank You!

(音楽番組ディレクター/谷 朝美)

イキそうで、なかなかイクことができない。
彼らの音楽を聴く度に、僕は“まだよ!まだよ!もっともっと!”と叫んでしまう。
満足していないという事ではない。
ネクストはさらに良い曲が出来るに違いない。
そんなパワーが内包されているのだ!どの曲にも。
今回もまた“イキそうだ!”と思った所で終わっているのだが、きっととんでもない事を考えているのだろう…。
広石君は…。
会うと必ず、体が2倍になったと言うのは僕が大人になったと言いたいのかい?

(東京エンターテイメント/本山 雅晴)

UP-BEATのサウンドは、いつも私を勇気づけてくれた。
解散してしまうのは淋しいけれどUP-BEATのサウンドは、いつまでも私の脳に鳴り続けていくと思います。
たくさんの思い出をつくってくれてありがとう。
これからは広石さん、岩永さん、嶋田さんのそれぞれの音楽をめざして頑張って下さい。

(ヤングスタッフ/今泉 幸子)

ファンにとってもメンバーにとってもUP-BEATは「青春」でした。
私もUP-BEATと一緒に喜んだり、悩んだりしてきた一人です。
「30代」のUP-BEATに期待していただけに残念です。
これからは1対1の男同士。
ソロとして私のプログラムに登場される際は、敬愛の意をこめて「元UP-BEATの~」と紹介させてください。

(DJ:ミュージアム/小松 義郎)

ルックスの良さから軟派に見られがちだったけど彼等は硬派だった。
そしてわがままでもあった。
常にファンをいい意味で裏切りつつ、ある時は拒絶さえして、先に先にと転がっていたような気がする。
クールでアバンギャルドなくせにポップ・フィーリング溢れる歌を沢山届けてくれてありがとう。
ところで広石君、A DAYシリーズはどうするの?待ってる!

(DJ/かなぶんや)

俺、自分のやってる事、自分達のやってきた事、振り返るタイプじゃなくて、ファンの人のメッセージとか聞いてて、自分達の歴史があるって事に驚いていたりしてるのね、実は。
俺はどっちかっつったらフォアードタイプの人間なのかな。
ゴールしか見てない。
見てはいるけど振り返りはせずにさ、F1のドライバーでもいいや。
バックミラーのチェックはするけど、バックギアには入れないみたいな。
で、本当にいろんな人がこうやって語ってくれるようなことを自分達がやれてたって事にはとても驚いたなぁ。
なんか、ちょっとしみじみ。
「GLORY DAYS」って曲でも歌ってるんだけど、解散の、最後のシングルでも、このたびに終着駅なんてないって、やっぱ俺書いちゃうしね。
で、今回こう、色々なことがあって、解散という形をとろうという事になったんだけど、俺は相変わらず前しか見ないんだろうなと思うしね。
あの、なんか時々思うのが、俺の人生ってさ、挑戦と戦いの人生なの。
もう10年UP-BEATやってきて、いまだにね、ビジネスの付き合いのある人からは、「そんなロックロック言ってるけどおまえのファンにそんな洋楽聴いてるような奴がいるとは思えない。
やっぱりおまえは『KISS IN THE MOONLIGHT』だ」っていまだに言われるわけよ。
でも僕は洋楽が好きで始めて、…相変わらずこんな事言ってるけど、どうしてもその表現をもっとやりたいし、もっと完成したいし。
で、これからはもっと本当にキツイ戦いになると思うし。
バンドという枠がはずれてね。
次、俺がやることがバンドなのかソロなのかわからないけど、まだ。
なんかこう…相変わらず戦おうと思っちゃってる自分しかいないから、みんながメッセージをくれるのが、ちょっと悪いなーって気もするんだよね、俺。
俺そんなの見ないで走ってるなーって言うか。
なんかどこまでも勝手な奴なのかもしれないし。
で、バンドとしてはね、時には俺がバックスにまわる時もあるし、凡がフォアードになる時もあったし、笑いが欲しいなーと思うと嶋ちゃんがフォアードにいて、みたいな(笑)こう役割があってさ、うまくやってきたんだけど、これからはその枠をとっぱらってそれぞれやっていくっていう。
で、まぁこれからお互いどうなっていくかわからないけど…。
まぁ僕はこれからも、このビジネスの世界で、俺はこだわってロックで、相変わらず戦って結果を出そうと思ってるしね。
結果を出さなきゃ俺ダメなの。
でもその戦いしたいなってほんとに思ってるしね。
で、それは嶋ちゃんの中ではどういうものでなのか、凡の中ではどういうものでなのか俺にはわからないけど…、もうそこらへんは話さないからね。
ただ、お互い離れるけど、まぁ次会った時ライバルになってさ、このやろーぶっつぶすぞ、みたいな関係になれたらいいなーと思ってるしね。
俺、10年やってて、俺の10年っていうのは、とっても進歩の、この戦う力をくれたファンの人達がいてくれたし、スタッフもいてくれたし。
…戦う力をつける10年だったしね。
その力はついたと思うし。
俺にとってはすごい実り多い10年だったから、これからも実り多い年月過ごしていきたいと思うけど。
だから嶋田とか凡とか、あと東川も水江にもこの10年間、まあ5年間だった水江と東川だけど、それぞれUP-BEATにいた時間っていうのが僕ら全員にとって最高に進歩的であったように、進歩的であったということを証明するように生きていきたいよね。
みんなにそう、メンバーにもそうあって欲しいし、ファンの人にももちろんね。

-----広石 武彦-----


参考文献 : FM79.5 Midnight Rock City Special "UP-BEAT FINAL"
UP-BEAT FINAL (LIMITED EDITION SPECIAL MEMORIAL BOOKLET)